チョコ煮

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いろんな素材をチョコで煮ます

「シゾフレ~2つの視点から~」 第2回 (全9回)

今回の目次はこちら。

【第2回】
1.私のケースレポート:中学時代(高校時代は別稿とします)
2.病歴:(1.の頃には特になかったので割愛)
3.本の紹介「統合失調症のひろば」
4.コラム:ストレス脆弱性モデル
5.素朴な疑問:薬が先か病気が先か(ちょっと変更しました)

 

 

1.中学時代


中学校は地元の公立校に通った。

この1行で終わらせたいくらい向き合いたくない時期なんだけど、大事な時期なので書かざるを得ない。

中学生時代でも学校と塾の二足の草鞋を履いていたんだけど、塾で成績の良い連中が志望校に合格してごっそりと抜けたので、下から2番目だったのが上から2番目のクラスになった。ひどい話だ。
中学校はといえば、クラスでは特に問題なく、それなりに友だちもいて普通の生活を送っていたが、なぜか生徒会の役員をやったり、PC部からバスケ部に転部したりした。PC部はかなり居心地が良かったものの、友人に誘われてバスケ部に転部したのだが、当時から体重オーバーだった私は練習についていけず、「なんちゃってスコアラー」というニッチな居場所を確保した。今考えるとやめるなり転部するなりすればよかったのだが、当時はその選択肢は浮かばなかった。


塾の方はといえば、中2あたりからなんとなく居心地が悪くなり、宿題をしばしばやらずに行っては怒られ、という不適応(サボリともいう)を起こし、徐々に行かなくなった。代わりに、地元の図書館に行って本を借り、ドーナツ屋の2階でひたすら本を読んで時間をつぶす毎日を送った。今考えるとやめるという選択肢はあったはずなのだが、どうしても親に言い出せなかった。


何というか、学校ではそれなりに勉強はできて「優等生」っぽい扱いを受けていた反面、塾ではサボリ常習犯として「落ちこぼれ」の烙印を押されていたので、その2つの自分をうまく統合できなかった。

 


2.(割愛)

 


3.雑誌「統合失調症のひろば」

 

統合失調症のひろば no.6(2015・秋)―こころの科学 特集:「慢性化」を再考する

統合失調症のひろば no.6(2015・秋)―こころの科学 特集:「慢性化」を再考する

 

 


現在2015年秋号(第6号)が最近出たところである。「マンガでわかる!統合失調症」の中村ユキさんや、SSTリーダーの高森信子さん、精神科医の中井久夫さんたちが編集に携わっている。
特徴として当事者やコメディカルの投稿をけっこう載せていることが挙げられると思う。出版されるのは年2回、春(3月)と秋(9月)である。

ここからは最新第6号の感想になることをお許しいただきたい。
今回は特集が2本立てで、『「慢性化」を再考する』と『日本人にとっての幸せとは』の2本。
ただ、私が一番「へー」と思ったのは冒頭の探偵社の方へのインタビュー。
そんなところが統合失調症と関係あるとは、私は全く思いが及ばなかった。
だが、比較的よくあると思われる、盗聴の妄想があるとそりゃ探偵さんのところへ行くよなと納得した。

インタビューに応じてた方もご自身の仕事から医療へつなげないかとあちこち回ってご苦労されたようだ。また、統合失調症の患者とわかると症状にかこつけていろいろな業者に狙われやすいというのも、さもありなんと思った。

特集では「慢性化」の方はやや医師多め、幸せの方は、やや当事者多めの投稿だったような気がする。
個人的にはヒラヤーチーとコーラのおばぁの話とナッシュの話が印象に残っている。
他にも連載が5つほどあり、今回印象深かったのは「訪問看護の現場から」で、支援者も大変だし、当たり前だけど人間なんだなと改めて思った。

 


4.コラム:ストレス脆弱性モデル


統合失調症がなぜ起こるのか、ということははっきり分かっていない。ただ、発症しやすい素質(遺伝的にも環境的にも心理学的にも)を持つ人にストレスがかかることにより、引き金が引かれるのではないかと言われている。

素質には個人差があるので、同じ程度のストレスがかかったとしても発症する人としない人に分かれる。
また、誰でも素質は持っているので強いストレスがかかれば発症する可能性は高くなる。
素質は裏返して言えば、病気に対する脆弱性を表しているので、上のような説明を「ストレス脆弱性モデル」と呼ぶ。

 


5.素朴な疑問:薬が先か病気が先か


普通に考えれば、当然病気の方が先なはずだし、それに異論を唱える気はない。
そういう意味でこのタイトルは若干ずれている。ここで書きたいのは、
人為的な病気について」とでも言うべきか。
そんなもんあるのか、といえばある。

大航海時代の壊血病、旧帝国陸軍脚気イタイイタイ病水俣病などの公害病 etc……
羅列するとけっこうたくさんある。

これらは確かに人為的だが、しかし、最初は原因不明ということで病気が先に問題化して後で薬や治療法が確立したものばかりである。言い換えれば、病気が先で薬が後だ。

ここまで書けば何を言いたいのか察しの良い方ならわかっていただけるだろう。

人為的な病気で、薬が原因で病気が後で判明する。そんな病気があるとすれば、薬害をおいて他にはない。

さて、とても遠回りしたが、薬害の原因となった薬物をあげていくと、

キノホルム、サリドマイド血液製剤薬害エイズ)、ソリブジン、小柴胡湯 etc……
これもかなりの数がある。

薬害は創薬の負の側面であり、治験でとらえきれなかった有害作用の特に重篤なものだ。
ではどうすれば薬害は防げるのかといえば、直接的には製薬会社なり審査機関なりが臨床試験の実施・審査を厳重にすればよいことになるが、トレードオフとして新薬の開発成功率は落ちる。

例えば、アセチルサリチル酸アスピリン)は現在新薬として開発されたら審査をパスすることができなかった、という説があるくらいだ。
現在のアスピリンの普及度はあえて説明する必要はないだろう。

新薬開発の成功率を保ちつつ、治験を厳重にする。
そんなトレードオフも新薬が世に出にくくなっている要因の一つになっている。
どうすれば解決するか、あなたのお考えをちょっと拝借したいくらいです。

 

 

 

第2回は以上です。ご覧いただきありがとうございました。

 

追記(2015/9/29)

5.が少々舌足らずに終わっているのでもう少し補足します。

臨床試験を厳重にすることで引っかかるような新薬はそもそも安全ではないし、ドロップアウトしても仕方がない、と考える方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、その薬を使うことで,1万人の病気が治り、1人が被害をこうむるとしたら。10万人に1人が、と、どんどん進めて100億人に1人が被害をこうむるとしたら……。

非常に極端な話であるが、我々は一体どこで線を引くべきなのか。

 

クロザピンという統合失調症の薬がある。

この薬には白血球が減少するという副作用がある。添付文書には次のように書かれている。

 (1) 重大な副作用
1)無顆粒球症、白血球減少症(いずれも 5 %未満)、好中球減少症( 5 %以上):無顆粒球症、白血球減少症、好中球減少症があらわれることがある。通常、投与中止により回復するが、致死的な転帰をたどる可能性もあるため、本剤の投与開始前より定期的な血液検査(白血球数、好中球数等)を行い、異常が認められた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行うこと。

 5%、つまり20人に1人くらいに副作用が、それもかなり深刻なものが出る可能性がある。

なぜこのような薬が一般に使われているかといえば、患者さんにとって、リスクよりベネフィットの方が高いからである。

当然のことながら、この薬は他の薬が効かなかった時にのみ使用される。いわば最後の砦だ。また、投与時には頻回の定期的な血液検査を行うよう指示があり、重大な副作用が出た場合に迅速に対応できる場合にのみ使用される。

クロザピンは1969年にオーストリアで初めて承認されたが、日本で承認されたのは2009年である。なぜそんなに期間が開いたかといえば、上のような重大な副作用で死者が出ているからだ。

クロザピンの場合は血中の白血球数をモニタリングすることで安全性をある程度確認できるようになったので、承認が下りたという経緯がある。

100億人に1人どころではない。20人に1人に有害事象が出るとしても、有用で安全性をコントロールできると踏めば承認は下りる。

なかなか極端な例ではあるが、考えさせられる話だと思う。