チョコ煮

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いろんな素材をチョコで煮ます

数学ストラテジ(高校受験数学私論)

私の通った高校では高校2年までに高校数学の全範囲を終え(統計とか数値計算はやらなかった)、高校3年の1年間は演習の時間として出題と解説を行った。

また、予備校でも数学の授業ではテキストで問題の予習をして授業で解説するというスタイルだった。

 

前提として私の数学の出来栄えを語るなら、進学校に在籍したが、クラスではお世辞にも成績が良いとは言えなかった。もっとできる同級生はゴロゴロいた。

力試しに東大模試とか過去問とかも解いてみたこともあるが、高3の時点では大体1問解ければ御の字である。部分点のみということもザラだった。

そんな私が受験勉強でそこそこの点数をとれるようになった勉強法を試しに書いてみようと思う。

 

よく「数学は暗記である」という言葉を聞くし、そう主張する受験の専門家もいる。

これは半分正しくて半分間違っていると私は考える。

 

正しい点といえば、教科書に載っているような主要な定義・定理を知っていて、丸暗記でもいいから自分で導出できるようになっていないとならないという点。

例えば対数関数の底の変換公式を自分で導いたり、三角関数の加法定理の証明を導いたり(これは実際に東大入試で出題された)、あるいは積の微分から部分積分の公式を導いたり、といった事柄は、英語で言うところの文法や単語の暗記に近いものがある。

実は公理・定理から自分で自在に導出できるようになれば、大抵の問題は解けるようになるのだが、そこは丸暗記でも仕方ない。全ての公式を自分で導出できるようになるにはある程度まとまった時間が必要であり、受験勉強の時間をそれに割くかどうかのトレードオフが生じる。

 

間違ってる点といえば、10年来の友人に言わせれば、受験数学で同じ問題が出題されることはなく、どこかしらひねってある問題しか出ないこと。つまり暗記した問題そのものが出題されることはないという点である。

 

ではどうするか。

10年来の友人によれば、初見の問題を暗記した問題に「アジャスト」する、つまり出題者がくわえたひねりについていく力が必要であり、そのためには、「考えるトレーニングが必要」であり、そもそも論で問題を考えることが必要だという。

 

 

長々と書いてきたが、ここからが私論であり、私が試した勉強法でもある。

 

確かに「考えるトレーニング」は必要なのだが、それだと一人で問題を解いてる方が勉強になる、という結論に達する。授業の問題演習が無駄になる。

それでは時間がもったいない。とはいえ、私は教師が黒板に解法を書いていくところをすべてその通りに書き写すことはしなかった。

 

代わりにやったことといえば、問題の解き方を既知のプロセスと不明なプロセスに分け、問題のポイントとして「アジャスト」が必要な部分を抜き出して明らかにする、というものである。

 

不明なプロセスがあることで解けなかった問題は必要な数学的知識を復習すればよい。

「アジャスト」できなかった場合、つまり出題者がひねった部分に対応できなかった場合であるが、そこは問題演習の量がものをいう。

数学といっても所詮は受験数学である。データベースを作る要領でひねりをピックアップし続けるとパターンが見えてくる。そのパターンはそれほど多岐にわたるわけではない。

 

……こう書くと結構お手軽に問題が解けるようになるような気がするが、当然例外となるものはある。具体的なパターンをいくつか以下に書く。

 

第一に、解法はわかっても計算量などが膨大で時間内に処理しきれない場合。典型的には微積分の問題などに見られたりする。

第二に、そもそもどうやってアプローチすべきかわからない場合。つまりいきなり「アジャスト」が求められる場合。これは整数、確率、グラフ理論などなど結構何でもござれだったりする。

第一のパターンはまだいい。問題は第二のパターンである。

ちょっと書いたが、この手の問題は背景に(高校レベルにとっては)高度な分野を背負っていたりするので、対策できない場合がしばしばある。

どうするかといえば、捨てるしかないんだな、これが。

使い古された言い回しだが、その問題はたぶん他の受験生も解けない。つまり、その問題で優劣がつくことはない。

問題を見て、そっとページを閉じる勇気が必要となるときがある。解ける問題だけ解く、ということは頭の片隅に置いておいてよい。

 

以上、つらつらと書いてきたが、志望大学(上では仮想的に東大にしたが)によっても違う。例えばセンター試験や医学部ならそこそこの難易度で取りこぼしのないようにする力が求められたりとか。

 

私としてもこれがベストだという気はさらさらないので、皆様のご健闘を祈りつつ、10年来の友人に本稿を捧ぐ。