チョコ煮

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チョコ煮

いろんな素材をチョコで煮ます

無意見人

自分の意見がない、書き込みがないブログなんて価値がないのではないか。

かといって、本当に自分の意見がない人間なんてたぶんいない。

なぜ意見を公開しないのか。

 

1.そのコンテンツに無関心なのか?

無関心だったらそもそも題材に取り上げまい。
流行に乗ってみました。アクセス数稼ぎたかったんです。その方がお金稼げます。とか、そういう別の思惑がある場合が考えられる。まあそれはそれでいいけど。

 

2.自分の言説に責任を取りたくないのか?

責任を取りたくない場合に最も有効な方策は沈黙を守ることだろう、と思う。

 

1、2の要素がありながら、なおブログを書き続けるのはなぜなのか。

私の場合、ブログに書きたいという欲求が先にあり、コンテンツは二の次ということが意外とよくある。
記事のアップロードにムラがあるのも、まず書く気が起きるか、書きたいという気持ちがあるかどうかによる。
場当たり的に記事を書き、無難な結論にソフトランディングして終わる。

一貫した伝えたいことがあるわけではない。
欲求を満たすための一人語りにすぎないのではないだろうか。

 

中庸という言葉がある。
一般的には良くも悪くもない、まさにニュートラルな語感だけど、ブログを読んでて一番面白くないのって、実は中庸な記事なのでは、と思う。

 

八方美人という言葉もある。
誰の反感も買わないように振る舞う、嫌われたくない自分に固持するあり様だ。自分の意見より他者の意見を優先する。けれどそんな姿勢は「他者」なんて2人の人間が対立しただけで、どっちにつくんだよと右往左往することになるだろう。「A」という意見を肯定した瞬間、「Not A」を否定することになる。


私はブログに独創的な意見を書け、と言ってるわけではない。スタンスを明示するべきだと言っている。「これは好き、これはイヤ」を積み重ねていくことが必要なのだろう。

 

当たり前のことなのだけど、私に欠けているのは恐らくそういう姿勢なんだろう、と自戒を込めつつ。