概念という紙ペラ
bittersweetchocolate.hatenablog.jp
上のエントリで「気分の落ち込みが綺麗さっぱり消えてしまった」と書いた。
たしかにそれは間違いない。しかしそれで症状がさっぱりなくなったかといえば、そうではないと答えざるをえない。
私の症状で最初からあり、おそらく中核と思われる視線恐怖・自己視線恐怖は特に変わっていない。今の薬は恐怖に関しては特段の作用を示さない。行動面でもあまり変わりはない(一言で言えば一人前に「使える」わけではない)。
一方、希死念慮は一応残っている。残っているのだが、切迫感や焦燥感、そして抑うつ感は綺麗さっぱりなくなったため、そういう考えが浮かんでも特に気にならなくなった。
なんと表現したらいいのかよくわからないのだが、実感が伴わないというか、観念的になったというか、とにかく感情を伴わないペラッペラのものに成り下がり、風が吹けば飛んでしまうようなほど、重みもない。
ただ、1つ気になることとしては、うつ病の人が少し良くなった時にしばしば抱くような、現実が見えてしまってそれに絶望するような感覚が少しある、ような気がする。
何というか、気分の落ち込みからくる絶望は去ったが、現実を突き詰めた帰結に対して、少し絶望する。
小さい頃、私は医者か学者になりたかった。
医者になることは大学を選んだ段階で捨てた。
学者になるほど芯が強くもない。
そして今どうしてここにいるのだろうと思う。
誰もが経験する、夢と挫折の物語。そこから遠く離れた場所で私たちは生きていかなくてはならない。誰もが経験する、幼児的な万能感からの目覚めにすぎない。
ただ、私にはそれがちょっと過酷に思えるだけだったりする。
P.S.
ああ、だからといってアクティングアウトしようとか全然考えてないので、安心してくださいね。病状が良くなっていることに間違いないし、一時的な感傷にすぎないこともわかってるつもりです。